パチンコ依存症体験談:20代主婦の場合

出産を機に専業主婦となった20代女性のパチンコ依存症体験談をまとめました。

 

きっかけは孤独な育児

かつて看護師として働いていた私は、26歳で妊娠がわかったことをきっかけに退職を決意しました。

子供の父親にあたるパートナーとはまだ結婚を考えていない中での妊娠だったため、当時は環境が落ち着くまでずいぶんと時間がかかり、衝突も多かったです。

結婚式はせずに籍だけを入れ、2人でアパートを借りて暮らし始めましたが、仕事一筋だった私は慣れない家事に悪戦苦闘していました。

妊娠中のホルモンバランスの影響で、ささいなことでケンカになったり、泣き出してしまったりと、気持ちが不安定な状態が続く中で、夫との関係も徐々に上手くいかなくなっていました。

そんな不安定な環境の中で、無事に出産した私は、一か月の里帰りの後に夫と暮らすアパートへと戻ってきました。

突然のでき婚だったため、夫はあまり子供や育児に興味を示してくれませんでした。

独身時代のように仕事帰りに飲みに出かけたり、育児疲れで家事が進まない私に「役立たず」と罵ることも増えてきました。

慣れない環境の中で家事、育児に追われる毎日に、私の心はどんどんすり減っていきました。

アパート暮らしだったため、子供の夜泣きに気を遣う日々。

自分の身なりに気を遣う余裕もなく、収入がなくなったため好きなものを我慢する生活が続きました。

そんなつらい生活が続き、子供が3歳になったのをきっかけに保育園への入園が決まりました。

頼ることができる実家もなかった私にとって、子供が保育園に行っている間は自由を満喫できる貴重な時間だったのです。

 

友人からの誘い

子供も保育園になれ、生活に少しゆとりが戻ってきた頃、私はしばらく連絡をとっていなかった友人たちと食事に行くことになりました。

私は周囲の中でも比較的結婚と出産が早かったため、自然と友人たちとは距離を置くようになっていました。

その中に、かつて同級生として仲良くしていた友人A(男性)がいました。

久しぶりの再会で話が弾んだ私たちは今度二人で遊びに行く約束をしました。

正直言って、その頃には夫との関係はとっくに破たんしていたので、寂しさを感じていたのです。

やがて友人Aとたびたびデートする関係になった私は、彼の趣味であるパチンコに付き合う機会が多くなりました。

始めは安い金額で長く遊べる1円パチンコが多かったと思います。

派手な演出、大当たりが出るかもしれないというスリル感。

かつて看護師として真面目に働いていた私にとって、それはとても刺激的で華やかな世界でした。

もっと大きな金額を当てたいと考えるようになった私は、やがて1玉4円のパチンコを打つようになりました。

パチンコは、1時間びっしり打つと消費する玉が大体6000発程度です。

つまり、24000円ものお金が一瞬で機械に飲み込まれてしまうのです。

専業主婦だった私は、夫から受け取った生活費をパチンコ代に使っていました。

何時間打っても負けが込んでしまった時、もしこのことが夫にばれたらどうしようと気が気ではありませんでした。

しかし、当時の私は、失ったお金はパチンコを打って取り戻せばいいという、とんでもない考えを持っていたのです。

3時間、4時間と時間が経っても一向に当たりが出ずに、一日で5万円もの大金を失ったこともあります。

夫にばれることを恐れた私は、看護師時代の貯金を切り崩してまでパチンコを打ちに行くようになりました。

たとえ友人Aがいない時でも、パチンコを打ちたくてしょうがない気持ちに駆られることが多くなった私は、口座からお金を下して一人でお店へと足を運んでいました。

パチンコにのめり込んでから約一年。

私の数百万の貯金は、ほぼゼロになっていました。

 

看護師の仕事を再開した

子供がいるにも関わらず、とんでもない消費をしてしまったことに気づいた私は、激しく自分を責めました。

子供は大きくなるにつれて養育費がかかるというのに、私は自分の欲のために数百万もの貯金をたった一年で失ってしまったのです。

悩んだ結果、パートとして看護師の仕事へ復帰することにしました。

さいわい、看護師の求人はたくさんあるので、すんなりと仕事先も見つかりました。

私はこれが最後のチャンスだと思い、友人Aとの関係をすっぱりと断ち、仕事と育児に集中することにしました。

パチンコをやめてから3年。

生まれた子供も大きくなり、小学校に入学しました。

あの頃のことは夫には内緒です。

正直に言うと、またあの興奮を味わいたくて、パチンコの誘惑に負けそうになる時はまだまだあります。

しかし、子供の幸せのために、あのどん底の頃に戻りたくはありません。

私の経験がパチンコ依存症に苦しむ人にとってお役に立つかどうかはわかりませんが、依存症から抜け出すことはとても難しいとだけ、忠告しておきます。

これからも長い間パチンコを打ちたい欲求と戦い続けることになるでしょう。

真面目に生きてきた私にとって、あの1年間はとても刺激的なものでした。

かわいい我が子の顔を見て、なんとか踏みとどまっている毎日です。