パチンコ依存症だった私が、克服していく日々の中で気づいたこと

Tさん(男性)34歳 独身

5年ほど前、私はパチンコ依存症でした。
いまでは自覚がありますが、当時は自覚がありませんでした。
パチスロくらいしかやることがなかった私は、依存症だとは微塵にも思わず生活していました。
しかし、パチンコ依存症だと気づいたのは、ふとしたことがきっかけでした。
ネットサーフィンをしていた私は、依存症のサイトをたまたまみていて、「へぇ~そんな人もいるのか、何かに依存するなんて理解できないな」と思っていました。
パチスロは自分の生活の一部だったので、常に生活サイクルの中にあり、やめることなど考えずに生活していたのですが、有人に「そろそろパチンコやめろよ~もうすぐ30だぞ、俺ら」といわれたのをきっかけに、「そうだよな~明日はパチンコに行かないようにしよう」と考えていました。
しかし、次の日になってそれを覚えていたにも関わらず、自分では制御することのできない感情の高ぶりを覚え、やはり行ってしまいました。
そうして、「じぶんじゃやめられないかもしれない」と意識し始めました。
パチンコをやっているときの突然のボーナス音や当たったときの挿入歌、それらを思い出すとどうしても「行かない」という選択をできなくなるのです。
これはヤバイと思いました。
どうしていいかわからずとりあえずネットでググってみても、具体的に何をしたらいいかもわからず、「依存症は完治しません」なんて書いてあるもんだから、余計にわからなくなる始末・・・

薬による治療

僕が試したのは、病院でもらった薬を飲む治療法です。
これは僕オリジナルなので、正式に「パチンコ依存症の薬」ではありません。
症状や効果も人によると思いますし、参考にならないと思った方はスルーして構いません。
まず僕がもらったのは、少し落ち込んだときに飲むという薬でした。
これはパチンコ依存症とは全く関係ないのですが、結果的にこれがきっかけなのではないかと思っています。
それを飲むと、「無」になるのです。
精神安定剤だとお医者さんは言っていました。
その名のとおりで、精神は安定します。
というか、何もやる気が起きないのです。
お風呂に入っているうちに、ボーっとして3時間経っていることもありました。
そのときの僕は「無気力」以外の何者でもありませんでした。
正常だけど異常。薬を飲んだあとにくる無気力は後で考えると異常でした。
しかし、そのときはそれが正常でした。
そして、1週間くらいそんな状態が続いたのです。
何も手につかなくなって、ようやく「これはマズイ・・・」という心理状態になりました。
薬を飲まないと正常なので、「無になる状態」が異常に感じました。
そんな日々を経て、ようやくパチンコにそこまで依存していない時間ができてきました。
僕はそこから自力で治しました。
そのときに感じたのは、怒りや悲しみ、嫉妬、憎しみ、それらの負だと感じていた感情でさえ「無」の感情よりはマシだということでした。
怒ったり悲しんだりすることはあっても、何も感じないよりはマシでした。
パチンコ依存症と何の繋がりもないと思うかもしれませんが、僕が依存症を克服できたのはこういう経緯からでした。

いまだから思うこと

綺麗ごとに感じる方もいるかもしれませんが、そのときに心に刺さったセリフや自分の気持ちをようやく整理できてきたので、語らせてください。
いま思うとその通りだなぁと感じる名言は、「落ち込むということは自分に期待をし過ぎている証拠。期待をしすぎなければ落ち込むことなんてない。人間なんて今日したことがすべてなのだから、今日を使って少しだけ成長することしかないんだ」というものです。
誰がおっしゃっていたのか忘れましたが、そのときは心に刺さりましたね。
まさにその通りで、今日もパチンコに行ってしまった・・・と落ち込むのではなく、今日できることを精一杯やる!自分に期待しすぎない!と思ったのを覚えています。
そして、私はパチンコ依存症を克服して、過去を振り返るのはやめました。
パチンコ依存症を克服したことで自分に少し自信がついたのは事実ですが、それ以上に迷惑をかけたことも多かったので、謝罪したり、関わらないほうがいいという場合は心の中で謝り、忘れることにしました。
結局過去のことを考えていても何にもならないと思ったからです。
吹っ切れてから毎日が楽しいですし、いろんなことをやろうと思う前向きな気持ちになりました。
僕の飲んでいた薬を飲むことはオススメしませんが、僕の中のどん底を味わったことで気づけたことがあったのも事実なので、自分なりに考えてみてください。