パチスロを止めたのは、父でした。

きっかけ

私がパチスロにはまってしまったのは大学生の時でした。最初は、サークルの先輩に誘われて気軽にパチンコ屋へ行って、勝っても負けても、1万円以内ぐらいの小遣い範囲でやっていました。

私が最初にやったのは、当たりの確率が高いのですが、当たっても出てくるメダルが少ないタイプのスロットだったので、1万円もあれば充分に遊べるようでした。また、パチンコ屋へ行くのも、その先輩や、サークルの友達とだけでしたので、自分のバイト代で充分にまかなえました。


 

いつの間にか

試験が終わって夏休みに入りバイトもたまたま休みでサークルもないという暇な日がありました。そのため、私は昼頃に起きて、近所のパチンコ屋へ行きました。いつも打つタイプのゲーム機がなく、ギャンブル性が高い機種があったので、それに座わりました。すると、出るわ出るわ2時ごろから打ち出して、すぐに当たり、それが5時ごろまで当たり続けました。それで終わるのではなく、続けて打つとまた当たってしまい、9時ごろまでずっと打ち続けました。そしてなんと、交換してみると12万円になりました。私の当時のバイト代が1ヶ月大体6万円程度でしたので、その2か月分がなんと7時間で手に入りました。今思うとこれがいけなかったのだと思います。

それからは行った事ない店のイベントがあればそこへ行き、イベントがあれば、バイトも何かと理由をつけて休み、パチンコ屋へ行くなど、もう夏休みで完全に依存症になってしまいました。

当然、毎回勝てるわけがなく、幼少期からお年玉などを貯めていた貯金に手をつけたり、バイト代が入るとすぐにパチンコ屋へ向かうなどどうしようもない生活を送っていました。自分のバイト代や貯金だけならよかったものの、どうしてもパチンコ屋へ行きたいという衝動が抑えられずに、学生カードのキャッシング枠も使ってしまいました。さらに、それだけではなく、学生ローンにも手を出してしまいました。当然、返済が大変でしたが、バイト代が入ると利息だけ払って、その残りでパチンコ屋へ行くなどもう駄目人間でしたね。


 

父のパンチ

返済より、パチスロを優先してしまい、とうとう実家へ学生ローンから電話が入ったそうです。その時に親父にぼこぼこに殴られ、ギャンブルを止める事を条件に全額肩代わりしてもらいました。大学を卒業するまでは、バイト代が入るキャッシュカードも預かられました。結局この事が私を依存症から救ってくれました。もしあの時に親父にバレてなかったら、さらにボコボコにされてなかったら、今でもパチンコ屋へ通っていたかもしれません。


父と息子の関係が出来てきた

その頃から、親父のいうことはちゃんと聞くようになりました。パチンコに行ったことでローンが返済できていなかった後ろめたさもあったと思います。ただ単純に殴られるのが怖かったというのもあったと思います。

今では居酒屋でその時の話をしても笑い話になっています。あの時は怖かったしパチンコ行きたかったし我慢も多かったけど、ようやく父と息子らしい関係になったなと改めて思います。
面と向かっては言えないけど、父には感謝しっぱなしです。