ギャンブル依存症の恐怖

ギャンブル依存症という言葉を聞いたことがある方もいると思いますが、まさに私がギャンブル依存症だったので、その恐怖を皆さんに伝えたいと思います。


 

初めてのギャンブルは25歳のとき

まず、ギャンブル依存症は誰もが掛かってしまうという事を認識してください。実際問題、私は25歳までギャンブルと言うものをした事がありませんでした。それがたまたま、同僚と行ったパチンコで確変(当時は知りませんでしたが)を当ててしまったことから、破産まで至りました。別に誘ってくれた同僚を恨むとかいうのはありませんが、もし、あの時にパチンコ屋に行かなかったら、私も破産するような事のない普通の人生を歩んでいたと思います。

ギャンブル依存症の何が一番怖いかというと、まさに麻薬と同じです。当たってしまった時の快楽が忘れられず、脳がその快感を求めてしまうのが一番怖いです。もしかしたら、医学的にはそのような事はないのかも分かりませんが、私の場合はどうしてもパチンコをやらずにはいられない体質になってしまいました。


 

常にパチンコのことが頭から離れない———・・・

仕事が終わればパチンコ屋、休日は朝からパチンコ屋に並ぶなどパチンコ依存症になっていました。私は当時営業マンでしたので、お客さんの都合で18時に終わる事もあれば、21時頃に終わる事もありました。びっくりする事に当時の私は、21時に会社を出たとしても「今日は後2時間パチンコを打てる」、18時に終わったら「5時間もパチンコを打てる」などの思考回路をしていました。当然、飲み会などにも参加していたのですが、「こんな飲み会よりもパチンコ打ちたいな」と考えていました。

パチンコは中々勝てるものではありません。しかし私は、「昨日負けた分を取り返す」、「今月分負け多分を取り返す」と意気揚々と、ほぼ毎日ずっとパチンコ屋へ通ってしまいました。

当然、負けが込み給料だけでは足りません。最初は給料日まで待ってから行ったのですが、我慢ができずにとうとう消費者金融に借りてしまう生活になりました。現在と違い利息が年利40パーセント程度取られましたが、当時の私は関係ありません。「次は勝てる」と何の根拠もない自信に溢れていました。

当然、借金が膨らみ、給料だけでは利息も支払えない状態まで行ってしまいました。一番辛かったのが会社へ帰ると、机に○○ローンから入電とメモ帳があるのが一番辛かったです。


 

最終的に破産を選択

結局会社も辞め、弁護士さんに相談し破産する事になりました。実は破産すると官報という国が発行する新聞のようなものに名前が載ります。昔の同級生などに見られていたらと思うと大変恥ずかしくなりました。破産後は、消費者金融などからも借り入れができないらしいです。

今は当時の会社ほど大きくない会社に勤め、ほそぼそとパチンコも借金もせずに暮らしています。しかし、現在でもパチンコ屋の前を通るとたまにですが、パチンコをやりたいと思ってしまいます。皆さんもギャンブル依存症には本当に注意ください。