きっかけは赤ちゃん

25歳、専業主婦

25歳からずっと専業主婦をしていました。それまであまり遊ぶことも知らず、家のことだけをやっていた私にとって、周りの友達が遊んでいたり楽しんでいる姿をみて「羨ましい」と感じていたのだと思います。少しずつ外に出たい、何かしたいと思うようになりました。きっかけは「暇を潰せて一人でもできるから」という単純な理由でしたが、外の世界との唯一の繋がりだったので、通うようになるまでたいして時間はかかりませんでした。旦那は少し出かけている程度だと思っていたと思います。私は一喜一憂するパチンコにハマり、刺激のない私にとってそれが一日の大半を占めていることに、そのときは気づきませんでした。「家事もやっているしこれくらい」と思っていました。20代後半になってくると「赤ちゃん」のことを意識し始めました。いまでいう「妊活」ですね。思っていた以上にスムーズにいかず、苦戦していました。不妊治療は思ったよりも辛く、赤ちゃんが出来るかわからない不安に毎日潰されそうでした。そのストレスでまたパチンコに行くという日々・・・いま考えると「自分は何をしているんだ・・・」と思いますが、その時はストレスに耐えられず、他に発散する場所もなく、なにも考えてはいませんでした。


 

念願の赤ちゃん

努力の甲斐あって妊娠が発覚したとき、とても感動したのを覚えています。私のお腹の中にもう一人いて、生命が宿っている。いままで感じたことのない感覚でした。そのあと、正直にいってパチンコに行ったことはあります。今でも誰にも言えないくらいの秘密ですが。つわりなどもなかった頃で、ダメだと思いつつ行ってしまいました。しかし、気持ちを改めようと誓ったのは、体調が優れないことが多くなってからでした。なんでこんなに辛い思いをしなきゃいけないんだ!と思う日もありました。しかし、赤ちゃんという存在は大きく、パチンコに行くと「ごめんね」と思うようになりました。それから家でゆっくりしたり、ネットで調べた体操をしたり、赤ちゃんのためになると思うことをするようになったのです。もう行きたいと思うこともなくなりました。パチンコ屋の駐車場に赤ちゃんをおいてパチンコを打ちにいく親などがニュースにとりあげられたりしているのをみると、いまでも胸が痛くなります。もしかしたら自分がそうなってしまっていたかもしれないと思うと怖くもなります。今は赤ちゃんも生まれて、慣れない育児に毎日奮闘しています。この子を産んで本当に良かったと日々思っています。この子のおかげで人生の価値を見いだせたと言っても過言ではありません。なので、違う道を進んでしまったかもしれない私だから、そして、赤ちゃんが宿ることの大変さを知っている私だからこそ、世の中のママにこうして伝えたいです。赤ちゃんが私を救ってくれたと、いまでも本気で思っています。この子のためなら何でもできるとも、強く思っています。我が子はそんな存在です。我が子とパチンコを比べるまでもありません。悲しいニュースが少しでもなくなることを祈っています。私事としましては、もう一人を計画中です^^幸せな子供と素敵なママで溢れる日本になりますように。