機会コストの考え方からパチンコ依存症克服を目指す

いままで

sunadokei

人は何かを得るためには、少なからず何かを失っています。それがその時によって違いますが、主に挙げられるのは「時間」や「お金」などです。しかし、パチンコ依存症の場合はどちらも失いながら何も残っていないのが実情です。考えたことがあるでしょうか?それをしたら何を「得て」何を「失う」かを。機会コストといったり、機会費用といったりしますが、どちらも概念は同じです。
簡単にいうと「そのものを得るために失った費用」です。こんなものは経済学を学ばなくても、常識として知っているはずです。しかし、それを意識している人はパチンコ依存症にはならないでしょう。私たちはもう少し、「機会コスト」について日ごろから考えるべきであると思います。

機会コストの例

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たとえば、一般的に大学に行くのは主に「時間」を得られることと、最低4年間大学に行ったのと行かなかったのでは、正社員のお給料に大きな違いを生み出します。なので、みんな少しでも多くのお給料をもらうために人生を「逆算」して大学に入るのです。

プロスポーツ選手の場合はそれが顕著にあらわれます。高校で活躍した野球選手は、大学なんかいかずにすぐにプロになります。それは大学に行く機会コストが高すぎるからです。一流の選手ならその4年間あれば年収は億単位になるので、大学に行った場合の教育に対する投資はなんの意味もないゴミになるからです。

プロ野球の田中のマー君は卒業後すぐにプロにうつり、いまも活躍する名選手になりました。一方で同じ時期に活躍していたハンカチ王子選手はどうでしょう?なぜか大学に行き、方向性があまり定まっていないと言わざるを得ない状況。そして、最近活躍するどころか降板してしまったり、かなり落ちています。なんのために大学に行ったのか?私にはそれが意味のあることだとは思えません。特にプロ野球選手など、数年がとても大事な時期のあるスポーツ選手の場合は特に。「機会コスト」という概念を持っていたマー君と持っていなかったハンカチ王子選手、ここで二人には差ができたのかなと私は感じます。

つまり、「たくさん勉強して良い大学に入れば、いい会社に勤めて幸せな人生が送れる」という妄想は全く機会コストを無視しています。これは極端な例だと思いますが、実際少なくとも私たちの生活でそういった場面はあります。

人生という舞台において、「機会コスト」という概念は切っても切れないのです。

これから

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同じようにパチンコ依存症になっている方々にあてはめてみても、「機会コスト」を無視している行動と考え方しかできなければ、たいして生活は変わらないでしょう。パチンコに毎日行っているのなら、機会コストも考えて行動しましょう。会社を休んでパチンコに行くなんて論外ですよってことです。自分の価値を高めれば、必然的に機会コストも上がります。ずっとパチンコを続けているだけでは、機会コストは上がりません。仕事をしましょう。そして自分の価値を高めましょう。これから気をつけられることは、機会コストの低い立ち回りをすることです。

逆をいうと、機会コストが高い事をして遊ぶのが「贅沢」だと私は思っています。
例えばスティーブ・ジョブズが仕事さぼってパチンコ屋さんに行って「一万勝ったぜ」とか喜んでるような感覚です。機会コストが高いなんてもんじゃないですよね。「どうしてもしたいことを機会コストを考えずにする」というところに「贅沢」は隠れているんだと思います。しかし、「機会コスト」が壊滅的な人にとってはパチンコはただの「高いお金を絞り取る機械」でしかありません。機会コストがどれほど大事かというのが理解できたのなら、「パチンコに行く」という行動はどれほど様々なものを「無駄」にしているか、わかったと思います。日常的にそれを考える癖をつけるところから始めてみてください。