『ペルソナの存在』を理解し、パチンコ依存症を克服しよう

ペルソナ=外的側面を持った自分

hyottokonoenbu

ペルソナという言葉をご存じだろうか?マーケティングにおいて「ユーザーモデル」の意味で使われているものもあるが、ここでは心理学者のユングが「人間の外的側面」の概念をペルソナと呼んで一気に広まったほうのお話である。

人間は誰しもが「仮面人格」を持っている。日常人間は外の世界において自分という仮面をかぶっている。ユングが提唱した「ペルソナ」とは、教師という顔、親という顔、社長という顔のように、無意識に地位や役割、場面に合わせて態度や行動を変えている。つまり、「役割を演じている」ということだ。それは無意識であり、あまり意識している人は少ないだろう。しかし、人は社会においてそういった行動をしているのだという。俗にいう「キャラクター」や、「周りが求める人物像」だ。しかし、別にそれが問題なわけではない。ユングが問題視しているのは、「舞台を離れてもその仮面を外せずにいる人」に危機感を抱かなければならないとしている。職場を離れても教師風を吹かせて説教じみたことばかり言ってしまったり、奥さんに対してもまるで部下に対する態度をしてしまっている人は要注意だ。ペルソナとの関係に問題があるのかもしれない。

いわば、ペルソナは「もう一人の自分」である。その人格と上手くやっていかなければ、問題が起こるのは目に見えている。


パチンコ依存症を克服するには、ペルソナを受け入れること

kutimoto

まずはその考え方を理解することが必要と私は思います。そうしなければ、「ペルソナ」と問題が起きてしまったのを受け入れられないからである。
ここで言う対極のものは、一つはギャンブルをバカにする自分のこと、もう一つはギャンブルに熱くなっている自分のことだ。「なにそんなに熱くなって、馬鹿じゃないの?」「たかがパチンコもやめれないの?」「こんなに負けて全てパチンコに費やしてるなんて自分は何をやっているんだ。」「こんなの 本当の俺(私)じゃないんだ!」 と考えるのとは裏腹に、自分が軽蔑する自分がいるのだ。
「儲かるかも」「もう少し、あと少し、これで辞める!あと少し投資したら絶対に儲かるんだ!」と思ってその度悲惨な思いをする。 実際の行動しているのは「パチンコに行くことだけなので、両方と葛藤しているように見えて実は実在しているのは後者で、前者は存在していない。自己嫌悪する事で、パチンコをする免罪符を手に入れているようなものだろう。 だから負けて自己嫌悪に陥っても、 数日するとケロッと「別の自分」がパチンコ屋にドシッと座っているのだろう。私が言いたいのは、ペルソナと別に考えているのが問題であり、それを受け入れることで少しずつでも解決に向かうのではないかということである。


ペルソナの受け入れ方とは?

kamen

では、どのように受け入れればよいのか?ペルソナという存在を知ったばかりの人は余計に難しいだろう。まずは自分の声に耳を傾け、自分の感情が動く出来事に目を向けてみてはいかがでしょうか。
たとえば、パチンコに行きたくなったら「なぜ行きたいか?」を分析する。そしてパチンコのことに目を向ける。「パチンコに行っても儲からないのに行くの?」と一人のあなたが言う。「行かなければ気が済まないんだ」ともう一人のあなたがいうだろう。そしてどちらかがイライラし始めるだろう。自分は何に対してイライラしているのか、感情とペルソナを客観視して分析するのだ。
ペルソナに乗っ取られてはいけない。自分とペルソナは分けて考えなければならない。
何を求めているのか、本質は何に悩んでいるのか、あなたが見つけなければならない。あえてペルソナを作ることでそれが可能になる場合もあるだろう。あなたに合ったやり方でパチンコ依存症の克服に役立ててみてはいかがだろうか。