パチンコ依存症体験談:30代女性

パチンコは、本当に大事なものを失うまで目が覚めないものだと頭では分かっていたのに、やはり自分が実際にそういう境遇に遭うまでは目が覚めませんでした。


パチンコ依存症の始まりは育児疲れ

パチンコを最初にやったのはハタチの時でしたが、その時は、パチンコ屋のうるささとかタバコの煙とかで頭が痛くなって、夢中になることは全然ありませんでした。しかしのちに結婚し、出産し、育児のため一時的に専業主婦になると、育児疲れや、外の世界をほとんど味わうことのない息苦しさで現実逃避したくてたまらなくなりました(→パチンコ依存症の女性の場合)。もちろんわが子は可愛かったです。しかし、家事や育児に追われていると、社会と隔離されているようでいいようのない気持ちになることがありました。夫に相談しても、「頑張ってね」としか言われず、どこにも行き場のない気持ちを抱えたままモンモンとしながら過ごしていました。

パチンコをやろうと考え始めたのは、「プラスになるかもしれない」という淡い期待もあったからです。もしプラスになれば、家計の足しになりますし、夫からみても「やりくり上手な妻」となるかなと思ったのです。たまにやるだけなら・・・ほんの心の隙間でした。本当に、ほんの少しでした。はじめは。

 


現実逃避している内が花だった

ちょっとだけ嘘をつき、昼間だけパート勤めすることになったと言って、実家に子供を預かってもらうことにし、その間ずっとパチンコしていました。どんどんのめり込んでいるのが自分でもわかりました。いくらやってもプラスになるどころか、一生懸命やりくりして作ったお金まで使ってしまっていました。昼からずっといるとお金もかさみます。しかし、夫の稼ぎだけでは昼から夕方の間ずっとパチンコしているなんて無理な話で、消費者金融に手を出すまでそう時間はかかりませんでした。

そして返済が滞るようになり、実家や夫にバレるまでもそう長い時間はかかりませんでした。相当バトルでしたね。温厚な夫があれほど怒っている姿を初めてみました。そして、もう姿をみることもできなくなりました。今は夫から離婚を切り出され、子供の親権も彼の方に行くことになりました。パチンコの夢から目が覚めた時には、逃避したくなるような現実自体がなくなっていました。逃げたくなるような現実がある内が花だったんだと今ならわかるのですが後の祭りですね。こんな状態で一人で生きていく自信がありません。何を頼りに生きていけばいいのかわからないほど、私はボロボロになってしまいました。

たかがパチンコくらいで・・・と思われる方もいるかもしれませんが、気づいたときにはもう遅かったのです。いまの私には何も残っていません。嘆いても嘆いても拭いきれない後悔だけが残っています。そして、パチンコ依存症の恐ろしさを痛感しています。親に嘘をついていたことはバレても、離婚し行き場所を無くした私は、必死で謝罪し何とか実家に住まわせてもらっています。実家に戻りコソコソ隠れながらパチンコに通う日々です。毎日毎日変わり映えのしない日々を送っています。

どれだけ反省しても、家族は戻ってきません。

パチンコは私のすべてを蝕み、それでもまだ足りたいと言っているようです。どうすれば治ることが出来るのか教えてほしいです。

でも、いまは現実と向き合う自信がないのです。