パチンコ依存症のときにグッときた言葉の数々

言葉の大切さ

言葉って不思議ですよね。人を助けることもできるし、傷つけることもできる。
私たちはナイフを扱うように言葉もキチンと扱わなくてはなりません。
ナイフは食べ物を切ったり、なにかを作るときに役立ちますが、人を簡単に傷つけることもできます。
言葉をいかに人のために使うかを幼い頃から意識して使っている人は少ないのではないでしょうか。
大人になって人に傷つけられたり失敗して、言葉の重みを知るのです。

そしてもう一つ、私が確信しているのは、「必要なときに必要な言葉がある」ということです。
それに出会えた時の衝撃は結構大きいんです。
自分に合った言葉があると心にスッと入ってくるんです。
止める間もないくらいに。「刺さる」状態ですね。
そんな言葉たちを今日は紹介していきます。
人生を変えるような言葉たちに出会えることを信じて!
それではいってみましょ~!

 

パチンコの原型から

 

まずは手始めにマルハン会長の言葉・・・

「50年の間にパチンコをしたことは10回にもならず、それも1000円程度ずつしただけ。」

(その言葉が「パチンコでは儲からない」を証明しちゃってるよ・・・)

パチンコ依存症患者の方たちの重~いお言葉

 

・「5千円だけなら打ってもいい」というのは「少量なら覚醒剤やっても大丈夫」という言葉とほぼ同じ。

・ふとした時に人が見えた。青白いの次の段階の土のような顔色に、正気を感じない顔だった。反射的にうわぁ・・・あの人ヤバい・・・と思った。そのときに目を疑ったのはそれが自分の顔だったことだ。人は無意識に鏡をみるときは顔をキメるそうだ。だから自分が認識している顔は自分の中の一番いいときの顔であって、無意識のときの顔はみんなあまり知らないと思うが、自分の想像以上にヤバいぞ!パチンコを打っているときは余計にそうだろう。パチンコを始めてから「覇気を感じない」とよく言われていたっけ。

・ギャンブルを始めて感じたこと。それは運任せな人間になっていたことだ。パチスロとかのギャンブルは基本運任せだから、やっているうちに他者依存のような、すべて人任せになるし、主体性が欠けていきました。

・いまギャンブルにハマっている人は、なにがなんでも一度ギャンブルから離れたほうがいい。この際どんな手段だって構わない。逆恨みでも、逆ギレでも、何が何でも離れるんだ。そうしないと冷静に判断できない。一度離れてみて、初めて冷静になれるものだ。

・金銭感覚がおかしい。特におかしく感じたのは、ギャンブルで5万くらいは平気で使っている自分が、とある家電製品(約5万円)を買うのに、ずーと悩んでいたことだ。5万は高いよなぁ~・・・いるかなぁと悩んだ末、結局買わなかった。パチンコでは5万円以上すぐなくなるのに。一体、何を考えてるんだろうか。自分で自分がよく分からなくなった。

・ギャンブル店にいる人の顔を一度冷静によく眺めてごらん。長くいると君もああなるよ。言葉では言い表せない恐怖体験をした瞬間だった。

・動物を捕獲するワナには大体エサが仕掛けてある。それで苦労せずにエサにありつこうとした動物を捕まえる。捕獲された動物は、ほぼ100%解放されない。人間の感情でいう絶望と後悔の中で、どうすることもできない。そんなワナが人間界にもある。それは、繁華街や駅前にあり、額に汗せずしてエサにありつこうとした人間を捕まえる。しかも捕獲された人間は解放されてもまた捕獲されにやってくる。絶望と後悔を痛いほど味わっているのに。なんて愚かなのか。

・私はギャンブルで細々と生活しています。ギャンブルにハマってこれで食っていこうと決め、世界に飛び込んで初めて、美味しいとはいいがたい世界だったことを知ります。あまり贅沢もできないし、その日暮らしのような感じなのでこの先どうなっているかなんてわからない。勝ったり負けたりを繰り返して一か月に手にするお金は大体10万円ほど。サラリーマンをしている友達は、ボーナスが60万円でて、それで車を買おうと計画しているんだとか。ギャンブルで60万円を手に入れようものなら、どうしたらいい?運任せだ。友達の話を聞いてさらにこの世界にい入ったことを後悔した。でも、他にできる仕事がないからただやり続けるしかないんだ、生活のために。将来を考えることは怖くなるからあまりしなくなった。毎日少ない稼ぎしか手に入れられないとしても必死だ。

・仕事を終え、パチンコに行く前にお腹が空いたので、普段行かない居酒屋に入った。ごく普通の居酒屋だが、チェーン店はうるさくて嫌いなので個人で適当にやってるようなところに。お酒も食事も美味しくて、どんどん食べて飲んだ。大満足でまた来ようと考えながらお会計をしてもらうと、4千円ほど。自分はこれからまさにパチンコに行こうとしていたのに・・・パチンコだと10分くらいでなくなってしまうような金額。これで自分はすごい満足感を得られた。パチンコをしていてこんな満足感を得られることなどあるのだろうかとふと疑問に思った。ギャンブルのお金の高さは異常だ。それを実感するまで気づかずにいた自分はなんとバカだったんだろうと思った。

・パチンコにつぎ込むお金を趣味にあてたら、わりと高めのクオリティーのあることができる。

・「今日で最後!」「もうやらないから!」「もうこんな思いは絶対したくない!」と言い続けて、何も変わっていない。いつまで言い続けるのですか?

・たいした労力を使わず 利益を得ようとするのは幼児性の表れ。赤ちゃんは泣きじゃくればオッパイを飲めるし、それをねだるために泣くことが仕事だといわれている。しかし大人は労力に見合った対価を得たときに、喜びを感じるものです。パチンコ屋にいる人たちは「私は赤ちゃんです」と言っているようなもの。恥ずかしいとは思わないのか。